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Criticism of concert & Recital 演奏会批評

三木裕子/3つの幻想曲

レコード芸術 2009年6月号 神崎一雄

以前に聴いたモーツァルト、ベートーヴェンなどのCDから、三木裕子は「すぐれた音楽性において信頼できるピアニスト」との印象が残っている。この新譜を聴いても、そのことはさらに確かめられる。もとより、しっかりした技術の持ち主である。

『3つの幻想曲』と題し、モーツァルト、シューベルトの作品を揃えたこのアルバムには、三木裕子のアイデア、“目のつけどころ”が光る。企画上のキー・ポイントがひとつである。それは世上滅多には聴かれないシューベルトの《幻想曲》ハ長調D993を、モーツァルト《幻想曲》ハ短調+《ソナタ》ハ短調、シューベルト《さすらい人幻想曲》のあいだをつなぐ一環として挿入していること。シューベルトのこの作品(演奏時間5分47秒)は、20世紀後半になって手槁が発見されたものの、つまりドイチュが整理番号(D)を付したシューベルト作品カタログを製作後に見つかったので遅い番号を与えられているが、じつは若書きで、聴いてみれば判然と分かるが、モーツァルトのK475(当盤の1曲目)を“お手本”としての習作にほかならないのである。 こんな事実を、実際に音を通して教えてくれたこのCDは大変興味深いもので、独自の存在感が生じている。

それと同時に、各曲の演奏内容も、表面的な効果のみには走らず、作品それぞれ、細部それぞれの意義を読み取りながら、じっくりと誠実に仕上げたものと評価できる。知・情・技にわたって高い水準にあるこのピアニストからは、この先もユニークな研鑽の成果が期待される。

[録音評] 演奏に対して近すぎず遠すぎず、アタックがあまりきつくならず、それでいて曖昧に甘くならずという、絶妙な距離感による収録が印象的である。ピアノが十分に響きながら、遠いイメージにならない距離感で捉えられている。演奏ステージの上のピアノのトータルな“鳴り”のイメージとも言おうか。温かく膨らみがあってクリアさも十分。いちょうホールでの2008年2月の児島巌による収録。

(1)モーツァルト:幻想曲K.147②同:ピアノ・ソナタ第14番 (2)シューベルト:幻想曲D.993 (3)同:同D.760《さすらい人》 三木裕子(P) ライヴノーツⒹWWCC7144 ¥2,940

モーツァルト:《最初と最後のピアノ作品》

レコード芸術 2007年12月号 濱田滋郎

三木裕子はこれまでにもベートーヴェンの後期3大ソナタ(第30~32番)、ロマン派時代の幻想曲集といったディスクを発表してきた中堅ピアニスト。ザルツブルク在住の年月がすでに長い。

当盤は2006年10月横浜みなとみらい小ホールで行われたオール・モーツァルト・プログラムのライブである。
「イ長調K311」「変ホ長調K282」「イ短調K310」と3曲の《ソナタ》が中心を占め、他に導入的な役割として《幻想曲》ニ短調K397を置き、ソナタの合間に子供時代の作品(K1a~1f)を配し、結びはグラスハーモニカのための《アダージョ》ハ長調としている。

聴後にひもといてみたブックレットの中で三木裕子は「彼(=モーツァルトの音楽の根底はいつも濡れています。濡れ=涙。心がずぶ濡れになっているのを音から感じるとき、私の指は驚きのあまり動かなくなります……」と感想を綴っている。なるほど、彼女の奏楽は、けっしてこの文章から想像されるほどウェット一方で重苦しいものではなく、軽快さ、軽妙さも必要なだけ表現しているものの、基本的にはロマンティックである。

冒頭の《ファンタジー》や《トルコ行進曲つきソナタ》の随所に、そして当然イ短調ソナタのすべてに実感される程良い感情移入の火照りは、いっぽうで彼女が様式感を逸脱しない「たしなみ」を身につけているために快い共感を呼び覚ます。わずかに意余って音楽がやや落ち着かなくなる箇処もあるが、それを欠点ととがめるのは、心ない行いであろう。三木裕子は疑いなく、豊かな心情を奏楽に生かすことのできる、たいそう好ましいピアニストである。

[録音評] 2006年10月の、神奈川県、横浜みなとみらい小ホールにおけるライヴ・レコーディング盤。高音域は、やや甘いが、余韻も澄んで聞こえ、中音域もしっかりと捉えられている。 会場も静かで、響きににごりが感じられないのがよい。

モーツァルト:《最初と最後のピアノ作品》

ショパン 2008年1月号 今月のおすすめ 壱岐邦雄

モーツァルテウム音楽院に学び、現在母校の教授をつとめる三木裕子が'06年10月31日にミナトミライ・リサイタルホールでおこなったリサイタルライヴ。

K397とK310の短調作品はしっとりとした悲哀を湛え、K617aには澄明な諦観が漂う。K1の小品たちも可愛いだけでなく天才モーツァルトの原点、そしてのちのピアノ作品の萌芽としてニュアンス豊かに響く。きめ濃やかなダイナミクス、しなやかなフレージング、リズム……三木裕子の繊美なピアニズムにモーツァルトを愛で慈しむ心情が映り、それが聴きてにも伝わって魅力的かつユニークなモーツァルト・アルバム。

三木裕子/ファンタジー

レコード芸術 2001年9月号 濱田滋

三つの全く違う《幻想曲》を集めた一枚。
このうちブラームスの作品116は、〈インテルメッツォ〉四篇〈カプリッチョ〉三篇を集めてひとつにしたアルバムに、なぜか"Fantasien"のタイトルを付したもので、“幻想曲集”というより、“そこはかとなき気まぐれ”とでもいった、文学的タイトルだったのではないだろうか。ともかく、十分に興味ぶかいプログラム立てである。

日本音楽コンクール第一位、ヨーロッパでの国際コンクールでも入賞歴の豊かなピアニストで、ふだんザルツブルクに住む三木裕子は、いずれの曲をも音楽の深みまで分け入って捉えたと言える、見事な演奏を展開している。

私が特に心惹かれたのはシューマンの第一楽章、ブラームスの〈インテルメッツォ〉イ短調(作品116-2)、同ホ短調(作品116-5)などで、シューマンの終始表情に富み微妙な起伏をそなえた弾きぶり、ブラームスのデリケートな“綾”とともに心ゆくまで歌わせてゆく呼吸のよさに、並の奏者からは味わえぬ個性を実感できた。
いっぽう、シューマンの第二楽章あたりは、もう一歩、昂揚感に華を添えるようなひと工夫がほしく思われる。たいへんよく掌中に入れた部分と、まだどこか入りきれていない部分の区別が見えなくなったとき、この優れた資質を持つピアニストの完成があるのではないか、と考える。もとより、これは高い次元に立って言うのであり、一般的な水準から見れば、三木裕子が己れの芸風とともに披露できる、“聴くべきピアニスト”である事は隠れもない。

シューマンの第一楽章に聴いた、しんから感じられた有機的な表現のすばらしさを、私は忘れまい。

[録音評] 2000年4月、群馬県、笠懸野文化ホールで録音。距離感が適度で、左右に広がる音像の大きさにも誇張がなく、タッチの粒立ち明瞭。自然なホールトーンが豊かに収録されているため、一音一音の肉づきがよく、つややかで美しく、その響きのもやもやが少ないため細かな表情もよく聴きとれる。ライブ録音を思わせるところがあるが、マイク設置の制約などのハンディは感じさせない。

(1)シューマン:幻想曲は長調作品17 (2)ブラームス:幻想曲集作品116 (3)ショパン:幻想曲へ単調作品49 三木裕子(P)(ライヴノーツⒹWWCC7388)¥2940

ベートーヴェン:ピアノソナタ

レコード芸術 1997年10月号 濱田滋

三木裕子(ひろこ)については、ふつつかながら、かねて名前を聞き知るのみで、知識がなかった。
のちに述べる自筆の解説の末尾に「1996年12月、ミュンヘンにて」とあるので、日頃ヨーロッパ在住なのだろうか。
ただし録音は'96年4月、東京カザルスホールで、ライブとして録られたものである。(それにしては会場ノイズは感じられず拍手もまったく省かれているが)。

ベートーヴェンの最後のソナタ三篇という申し分なく重いプログラムだが、この人の演奏力、表現力が大変高いことに感心させられた。タッチ、指さばきともに俊敏で鋭く、また多彩も持ち合わせていて、音楽が生きいきと造型され、流れもよい。

先にふれた自身の解説に目を通し、なるほど、と思った。それによると三木裕子はこれらの三篇のソナタに関して、たいそうユニークな見方をしている。
すなわち、まず、彼女はこれら三曲が不可分のワン・セットであって、作品109が提示部、作品110が展開部、作品111が再現部の役割を果たし、そのことは調性の配分からも説明可能だと説く。
次いで彼女は、これら三篇はベートーヴェンの《ファウスト》であると言い、筆者の責任において要約すれば、第30番は現世的な音楽に酔うファウスト、第31番は美の追求により生の意義を把握しようとして静観者に回るファウスト、第32番は、人生の意義を悟り悪魔との縁切りを望みつつ死ぬファウスト、その魂の激痛と浄化だ……というふうに述べる(解説書の表紙は空飛ぶメフィストだ)。

この説は、さまざまな感想を誘い出すことだろう。反論もあるかもしれない。だが、ここでいちばん肝心なのは、三木裕子がそのようなコンセプトあるいはイマジネーションを抱いてピアノをひき、それによって他の人びととは違った表現を果たし得たところが、たしかにあると聴き手に実感できることだ。ユニークな、しかも実力のあるピアニストを一人知った。注目して行かねばなるまい。。

[録音評] 1996年4月11日、東京、カザルスホールにおける演奏会のライブレコーディングである。 中央空間に、やや小さめなピアノ音像が定位されるが、距離感は近めであり、そして低音域もしっかりとらえられている。 最強音のときに、音のくずれが見られないこともないが、単音はクリアに聴こえ、ライブ録音のハンディをあまり感じさせないまとまりのよさを見せる。

ベートーヴェン:ピアノソナタ 第30番 ホ短調 作品109/同第31番 変イ長調 作品110/同第32番 ハ短調 作品111 三木裕子(P)(ライヴノーツⒹWWCC7299)¥2940

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